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旦那のわがままを許してくれてありがとう、楽しいね40代の無職生活

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無職生活中にランニングする人

無職生活に憧れる。そんな旦那さんは多いのではないでしょうか?

でも実際に無職になったら旦那さんはどんな生活するのでしょうか?

旦那さんに家にいられるととにかく迷惑ですよね。

家族と子供がいるのに転職活動をするために仕事を辞め、就職が決まるまで2か月間、40代で初めて経験した無職の生活を書きます。

ちなみに2か月は会社に行っていない期間、家にいた期間です。

初めの1か月は会社を辞めたあとの有給消化を使っていたので履歴書に書く、無職期間は1か月でした。

楽しかったです。

貴重な充電時間をくれた妻に感謝です。

40代で無職になった理由

元々働いていた会社の仕事が嫌で嫌でたまりませんでした。

こんなに嫌なことを定年まで更に20年間も続けることは人生の無駄で、恐ろしくなり、自分がもっと活躍できる職種、天職があるはずだと辞めることを決めました。

会社を辞めずに転職活動を始めました。
転職活動はどれだけうまくいっても、別の会社に行けるのは3か月後。

3か月ですら今の仕事はもう続けたくありませんでした。
その一方、会社勤めでクタクタになって家に帰ってきてから始める転職活動は、なかなか進みません。

転職先は決まっていませんでしたが退職届を会社に提出しました。

退職届を出したあとの引継ぎ期間や有給休暇消化の間に転職活動を続ければ転職先は決まると思っていたのですが、実際は決まりませんでした。

次の会社決まってないんだから会社をやめなくていいと言ってくれる暖かい人達がいましたが、転職活動(無職だから就職ですね)に集中するため、会社を辞め無職になりました。

転職(就職)活動中の無職の1日

午前中

無職生活中に食器を洗う
午前中はメールチェック、食器洗い、掃除機。面接があったり無かったり。週に2回程度は面接に行ってました。

後は、ハローワークです。
応募するのにハローワークの紹介状が必要なのでそれを作ってもらいに行きます。

失業手当ての為の説明会やら何やらでよくハローワークに行きました。

昼飯は楽しみ

昼飯は外食が多かったです。地元のおいしいお店というのは何年住んでようと意外と知らないものです。

せっかくの無職、割と遠くまで、てくてくと出掛けていきました。

特にラーメンが好きなので地元に特化したラーメンブログ作ったら当たると思いました。

グルメレポート、これこそが天職に違いないと思いました。

しかし、すでに類似のブログがあったので、やる気が失せました。

しかしそれにも飽きてくると、家で簡単な昼飯。料理に挑戦し一時期はオムライスとチャーハン作りをがんばってました。

午後

求人検索と応募書類の作成。履歴書、職務経歴書は応募先の企業毎に変える必要があるのでその文面を考えるのには時間が掛かります。

求人情報も毎日変わるものでもないので、そのうち新着求人くらいしかチェックする事もなくなってきます。

特に希望職種もコロコロと変わってったので、書き直すことが多いのです。

嫁さんの買い物にもつきあいます。

晩飯、食器洗い、風呂などをすると1日はあっという間に過ぎていきます。無職とはいえ就職活動をしていると意外と忙しいのです。

また企業からのメール等の問い合わせ事項は無職なので迅速に対応しないと、何でこいつ無職なのに返事遅いわけ?となります。就業中であれば業務が忙しくて対応できませんでしたという言い訳が使えるのですが無職だとそうはいきません。

無職生活だからやってみたこと

無職生活だったからやってみたことです。
当然無職でなくてもできるのですが、時間と気持ちに余裕がないとやらないです。

草むらで読書

無職生活中に河原で読書
アーリーリタイアの疑似体験です。
やはりアーリーリタイアには憧れます。

アーリーリタイア後に何をしたいかといったら、真昼間でリゾートホテルのプールサイドで読書に憧れました。
それくらいしか浮かばなかったというのもあります。

暖かい晴れの日に近くの河原で読書しました。

結果?

数時間やれば十分です😅

カフェで、ケーキを食べながらまったり読書

基本的に節約傾向にある私にとっては最高の贅沢です。

だってケーキとコーヒーで700円も払うんですから。昼飯食えるじゃねーか~。

しかも平日の昼間に、カフェ自体が目的なのです。

カフェで本を読むこと

静かに時の流れを感じるつもりでした。

しかし現実は、

おばさま方の集会所になっていて、うるさくてしょうがない。😝

結局ソワソワ落ち着けず、逃げるように撤収しました

神社へお参り、5000円寄付するかどうか迷う

パワースポットだと言われている近くの神社に行きました。

割と市街地にある大きめの神社です。

平日の昼間に行くとひっそりとして誰もいません。

そして、ふと、目についたのが、5000円寄付すれば、私の名前を書いた木の札を神社の境内に飾られるという、サービス?。

めちゃめちゃ揺れました。

だって神社に飾られるのであれば、もしかしたら100年かもっとそれ以上、名前が残るのですよ。

しかしできませんでした。
5000円も勿体ないですが、名を残すというあまりにも不純な動機。
そして名を残してどうするのかという思い。

無職の生活費はどうまかなったか

無職生活で貯金が減る
貯金を食いつぶすだけです。
半年暮らせる分の貯金はあったので、新しい職種に就職できなければ元の職種に戻ればいいと思っていました。

しかし二つの誤算がありました

誤算1 給料は月末締めの当月払いだった

普通は5月働いた分の給料は6月に受け取りますよね。
退職するまで知らなかったのですが、うちの会社は5月働いた分の給料は5月に支払われる会社だったのです。

給料が支払われないので会社を辞めた後、問い合わせて初めてこの事実を知りました。

見込んでいた生活費が1か月分飛んだことになります。

失業給付の支給は退職後3か月から

失業給付、失業手当と呼ばれたりもしますが、これは仕事辞めてからすぐもらえるわけではなく、自己都合の場合、3か月間待たなければいけないのです。

ちゃんと調べておけよという感じですが、退職翌日から貯金を食いつぶすことが決定したのです。

40代で無職の私に対する周囲の目

無職生活なので噂されてる?

妻はよく私のわがままにつきあってくれたと思います。
とはいえ、旦那がいつまで無職というか無収入で、少ない貯金を減らしていくのは不安だったでしょう。

私も毎日、就職活動の進捗を話すことになります。面接の予定、どんな求人があったか。毎日いってみれば報告をしているのです。

報告をするためにも、必死に就職活動をする事になります。

まずはどこでもいいから就職してほしいと考える妻と、
数か月かかっても本当に自分がやりたいと思える仕事を探したいと思う私の考え方にはギャップがあり、
何度も何度も話をしました。

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妻のお父さん

妻のお父さんには仕事を辞めることは伝えてありましたが、一旦、無職になるとは伝えていませんでした。

幸い、無職生活中に会うことは無かったのですが、仮に会って怒られたとしても、どうしようもないのです。
無職生活は最大で半年にする、だからそれまでは待って欲しいと言うだけです。

近所の人

うちは近所付き合いがあります。挨拶とちょっとした立話し程度です。

妻が早々にうちの旦那は次の会社決まってないのに仕事辞めて困ってると、噂話し大好き、お婆さん含め喋ったので、私が昼間うろうろしてても、それ程、何も言われませんでした。

子供のデイサービスの送迎の人

うちの子は学校が終わった後、デイサービスにいきます。そしてデイサービスの人が平日は毎日子供を家に送ってくれます。

そして玄関で子供を迎えるのは私の役目です。
もう、毎日、毎日会うのです。デイサービスの人もこの父親は何故、毎日この時間に家にいるのだろう?どんな仕事をしているのだろう? そう思うに違いありません。( ´艸`)

無職生活中は楽しく暮らせた


当の私は無職でどんな気持ちだったか。
それ程、焦ってはいませんでした。とはいえ焦りはありましたよもちろん。その一方、無職生活を楽しんでもいました。

平日の昼間が基本的に自由なのです。これがむしろ、普通の生活なのではないかそう思いました。

3ヶ月無職が続くと、企業側は、この人は働く気のない人と見なす傾向があり、書類選考が通りにくくなるそうです。

しかし私は無職期間は最大で貯金が尽きる6ヶ月迄と決めていました。

幼稚園に入学して以来30年以上、どこかに通って来ました。もし就職したらあと二十年以上またどこかに通うのです。
長い人生の中で半年無職だから何だというのだという思いもありました。

半年経って就職先が決まらなかったら、前の職種と結局同じでもいいのでなりふり構わず、就職するつもりでした。

無職生活を振り返って

今となっては二ヶ月の無職生活は遠い昔です。
そういえばそんなこともあったな程度の感覚です。殆ど思い出すこともありません。

せっかくなので旅行にでも行っておくべきだった、
しかし私はともかく子供は学校があるから行けないのです。

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