仕事が辛い・嫌な人へ

辛い仕事に耐えている40代へ”人生なんとかなるさ”と思える方法

人生なんとかなるさとおもう40代男性

「やばい、納期に間に合わない。」
「終わった。いったいこの状況をお客さんにどう説明しろというのか。」
「こんなのできるわけないでしょ、多くを求めすぎ!」

40代になれば、責任が増えてきますよね。
自分だけではなく、会社の部下、に取引先。
更に子供や親まで自分が責任を持つことになります。

責任が増えれば、問題が次々と舞い込んできますよね。

右のフックを食らった直後に左のジャブを2発、3発と、最後にアッパーカットもらうような感じ。

「もう無理~~。」

この記事はそんな40代に向けた記事です。

でも精神的なダメージなので大丈夫。

問題だらけの人生にどう向き合っていくか、
どう気持ちをもっていくかを書きました。

人生なんとかなるさと思ってる人になる

さてイメージしてみてください。

人生なんとかなるさと思っている、厄介ごとをたくさん抱えた40代の男性を。
人生なんとかなるさとおもう40代男性

再登場です。😆

笑ってますね。

これが目標とする表情です。

そして次に鏡でご自分の顔を見てください。

スタート地点です。

悲観のメリットは何か考える

嫌なことがあれば、落ち込みますよね。
人間ですから仕方がありません。

しかし、当初のショックが、落ち着いても、しばらくそのショック状態から立ち上がれない人もいます。

嫌なことを思い出し、そこから生じる悪いことを予想し、そしてさらに嫌な気持ちになる。

しばらく時間がたつと、また同じことを考えています。

ものごとを悪い方向に考えることを繰り返すと、思考の癖になります。

本人は嫌な気持ちを何度も味わって不快な気分になっています。

しかし、それと同時に悲観的になることで何らかのメリットも味わっているんです。

40代 じつはおいしい

そのメリットはなんでしょうか?
悲観的なことを深く掘り下げるを考えることによって、脳が充足感を感じているのかもしれません。

あるいは、
問題をたくさん設定することで、難易度を上げ、状況をあきらめて

自分ではどうしようもない。

あきらめよう
 ↓
何もしなくてよい

と、平穏な日々を得ているのかもしれません。

1日のうち、なんとかなっている割合はどれくらい

今日一日を振り返ってみてください。

「あ~、あんなこともあったし、またやらなきゃいけないこと増えちゃった。」
「今日は最悪。」

何か嫌なことはあったはずです。

すごく不快なことかもしれません。
それは一日のうちの何パーセントくらいの出来事ですか?

反対に、うまくいったことはどれくらいありました?

朝会社に無事到着し、多くの仕事をさばき、無事家に帰ってくる。
そして、風呂に入って寝るまで。

うまくできたこと、問題なくできたことはたくさんあるはず。

人生なんとかなってる時間のグラフ

人生なんとかなっているのです。

一日のうち強烈に不快を感じたたった10分のために、
残りの950分を不快に過ごす必要はないのです。

その10分に残りの950分を支配させるなんてもったいないです。

残りの950分にフォーカスしましょう。

*一日8時間睡眠として、起きてる時間 16時間x60分=, 1日960分の計算😊


まだ40代、時間はまだまだある

人生80年です。
40代はまだまだ中間地点です。
時間もたっぷりあります。

たっぷりという言い方はおかしいかもしれません。
10代から今までの人生を振り返ってみてどうでしょう、人生長かったと思いますか?

「そういえば、あっという間だったな俺の人生。」

そう思いませんか?
ふと、気付けば40代。

過ぎた40年の長さを実感できますか?
私は全然40年過ごした実感がわきません。

少年の時の思い出も、

正月休みが終わるころに思い出す、たった5日前の正月休みの初めの気持ちも、

いずれも遠い過去というだけです。

結局 一日一日の積み重ねなのです。

そもそも時間というものは本当に存在しているんだろうかと思ってしまいます。

自分で負える責任はたかが知れていることを知る

責任が思ったよりも少ない40代

仕事でやばい状況になった時には怖いのは、
「お前のせいだ!責任をとれ!」
と怒られることですよね。

そんな時は、自分に責任の一端があることは認めつつも、ぜひ第3者の視点で状況を見てください。

テレビのコメンテーターのように、問題の犯人探しをしてみてほしいのです。

「これはAさん(自分)が悪いですね。」
では面白くもなんともないので、コメンテーターとしては失格です。

別の切り口で犯人を捜してみましょう。

「これをAさん一人に責任を押し付けるのは少し乱暴だと思います。
上司の方は何をしていたのでしょうか?」

とか

「この仕事を受けた営業の人が現場のことをわかっていないのがそもそもの原因だ。」
とか

「チェック機能がないのが問題だ。」

とか

「問題を知りつつも、見て見ぬふりする会社の体質が問題では?」

とか

「疲弊した業界の構造的に、生じるのは時間の問題だった・・・・。」

とかコメントしてほしいのです。

自分の代わりにほかの人がやってれば万事すべてうまくいってたなんてことはあり得ません。

すなわち自分の責任でどうこうできることなどたかが知れているのです。

自分に与えられた責任はそれほど大きいものではなく、

けっして自分だけが悪いわけではないのです。

最悪の状況を想定する

仕事でまずい状況になり胃がキリキリと痛くなった時、考えてほしいのは最悪の場合です。

その仕事の問題の責任を取らされるとして最悪の状況は何でしょうか?

まさか今の時代、切腹ということはないでしょうし、監禁されて拷問されるわけじゃあないですよね?

最悪の場合、

迷惑をかけた人にあやまりに行くとか、
仕事の遅れを取り返すために1日だけ徹夜するとか、(二日連続で徹夜できないからどうせ居眠りします)

毎日夜10時まで残業するとかでしょうか?

あるいは地方に左遷でしょうか?

仕事の責任を取って左遷された40代

できるだけ具体的に最悪の状況を想像してみましょう。

そうなるとどうなりますか?

それはそれで何とかなるのではないでしょうか?

地方に左遷されたって、それはそれで何とか生きていけますよね。

なんとかなることを求める

求めないと結局始まらないのです。

例えば上司に、
「地下一階の倉庫から、古い資料の入ったファイルを入口近くにしまったと思うんだけど持ってきてくれ。
もしかしたら、ないかもしれない。」

と言われたとします。

「このクソ忙しいときにめんどくさい。」
と思いながら対応するとします。

初めて行く地下一階の倉庫、入ってみてびっくり、似たようなファイルが入口の近くにびっしりです。
なんだよ、どこにあるかわかんねーじゃねーか、

こんなの、みつかりっこねーよ。

私はこういう静かな所に行くと何故かおしっこがしたくなる傾向があります。
だんだん、おしっこも行きたくなってきたし、忙しいし、俺に関係ないしとにかく早く終わらせたいという気持ちが前面に出てきます。

やっぱないっすねと上司に報告。

上司がじゃあ俺が自分で確認するといって倉庫でそのファイルを探したらあっさり目の前にあった。

そんな経験ありますよね。(たとえ話が上手いかどうかは別として😅)

こんなのみつかりっこねーよと思った瞬間に脳はそれがあっても見なくなるのです。
心理学的にスコトーマ(心理的盲点)といいます。

みつかりっこねーよと思った時から見つけるつもりがなくなっているのです。

人生なんとかならないと思うと、もうその瞬間から人生は何ともならないのです。

人生なんとかなるさと、
求めることが第一歩です。

求めればそうする方法を自分が探し始めます。

ささいな行動を変える

悲観的な考え方が骨の髄まで染みついている場合、行動を変えた方が楽です。

考え方は体に影響を及ぼします。
ストレスがたまれば体調を崩しますよね。

それと同様に体の状態も考え方に影響を与えます。

笑顔を作り、あはははは😂😂😂、うきゃきゃきゃきゃ😆😆😆と大声をあげ横隔膜を上下させてみます。
要は大笑いです。
笑って人生をよくする

この状態で心底暗い気持ちになるのは無理でしょう。

体が、行動が考え方・感情と密接にリンクしている状態です。

逆に落ち込むのは簡単です。下を見て、猫背になり、小さな声で、顔の筋肉から力を抜く。
そして、

いやもうやめておきましょう。

使う言葉を少し変える

さてあなたはオフィスの部屋に入ろうとしています。
同じタイミングでオフィスに入ろうとしている人がいます。

ドアの大きさは一人が通れるだけです。
ぶつかりそうになり、その人がお先にどうぞと、ゆずってくれました。

なんといいますか?

とっさに「あ、すいません」というと、相手も「いやー いえいえ、すいません。」
お互い すいませんという言葉を連発し合います。

あっという間に”すいません”が鳴り響く世界、人生です。

”すいません”が鳴り響いたのは自分がそう言ったからです。

”すいません”の代わりに”ありがとう”と言ってみるとどうでしょうか?

相手もありがとうという可能性が高まります。
ありがとう
”ありがとうが”鳴り響く世界にすることができます。

”すいません”と言われるより、”ありがとう”と言われた方が元気が出ます。

すると今度は”ありがとう”が鳴り響く人生に。

みんなに感謝される人生です。

結局自分が発した言葉が自分の世界を作っているのです。

辛い仕事、転職、無職がなんとかなった40代の例

この例は私の話です。😁

仕事がきつく、辛く嫌で嫌でたまりませんでした。

超後ろ向きながらも家族の生活のために会社に通っていました。
そして休みを、連休を待ちわびる日々でした。

しかしあるとき気づいたのです。

こんな生活は嫌だ、仕事辞めよう。

そして職種を変えたかったので未経験の仕事に着くために転職活動をしました⤵

結局、次の仕事が決まらないので会社を辞めました⤵

40代で無職になりました⤵

でも、最終的には未経験職種に就職することができました。

なんとかなったのです。

「転職など無理だ。」、「危険すぎるやめておこう。」と、最悪のシナリオになることを心配し続けていたら未だに前の会社で働いていたでしょう。

そして自分の生活を呪っていたと思います。

「まあなんとかなるさ。」と、心配することをやめ、一歩踏み出したことでうまくいったのです。

もちろん一歩踏み出す前から、踏みだしてからも、必死にもがき続けることが大事です。

まとめ

もし人生がもう、なんともならないことに決まっているのだとしたら、
それはなぜそう決まっているのでしょうか?

誰かそう決めた人がいるはずです。

逆に、人生がなんとかなると誰かが決めるとしたら、それは誰が決めるのでしょうか?

自分で変えられそうなことを変えるべく行動したら、あとはなんとかなるさと開き直るしかないのです。

”人事を尽くして天命を待つ”なのです